出張懐石小西料理教室 ~小西博先生~その3 最終章
8月 7日 thanks:管理人
タグ:アケクレさん
1.2.3.4章を読んでない方は>>

取材の最初に、先生がおっしゃったことがある。
「取材はいいけど、やる気のない人にはあんまり来てほしくないねん」
その言葉に面食らったが、しっかりその意図を説明してもらって、理解できた。
つまり、先生の教室は、真剣勝負なのである。
教える方も全力を尽くして、持てる技術・知識を教える。
だから、教わる方も、それだけの心構え・礼節をもって対しなければならない。
それはよく考えれば当然のことだが、言われて、はっと気がついた。
生徒には、料理学校の学生も、主婦も、いろんな人がいる。
別に料理がうまくなければ入れない、というわけではない。
料理を教わる場所なのだから、下手でもいい。
ただ、教わる心構えができているか、そこなのだ。
「うちの教室は、普通の料理教室を望んでる人にはちょっと高いな。もしレシピだけを知りたいような人はうちにこんほうがいいわ。やる気のない人には帰ってもらうし」
料理の専門学校に通う学生も、この教室に通っている、とのことである。
つまりどういうことか。
学校では教えてくれないことを、この教室では教えてくれるということである。
いろんな現場で修行して、実践で学んでいったプロの技と心を、間近で学べるということである。
それを踏まえたうえで、安いと思うか高いと思うか。
それは人それぞれの価値観だろう。
ただ、先生は
「お金をもらうからには、それ相応のことを教えるよ。それを生かすも殺すもその人次第や。なんかあったら電話でも対応するしね。」
とだけ、おっしゃった。
そこにはプロの自信と、心意気があった。

では、この先生はどういう人生をたどってこられたのか。
その歴史を紐解いてみた。
先生の父が料理人だったこともあってか、幼いころから料理に関心があった。
同級生がロボットなどを欲しがる中、先生はままごと道具が欲しかったのだそうだ。
やはり血筋は争えない。
そして、物心ついたときから、料理人であった父のうしろ姿を見ていた。
その頃からプロの世界に触れていたのである。
日本料理「吉兆」に入社後、残念ながら交通事故で体を壊し吉兆を辞め、
その後、見聞を広めるためにいろんな商売を経験した。
喫茶店経営、小売から水商売、中華料理から蕎麦屋、寿司屋など。
そこで料理の腕を磨きつつ、研鑽の日々をすごした。
水商売では人を見る力を養い、小売では人脈をつくり、接客を覚えた。
その裏では着実に料理の腕も磨いた。
これらを経て、現在の料理教室を開いたのだそうだ。
そこで、失礼かとは思いつつ、先生に一つ疑問をぶつけてみた。
なぜ自分で店を開かないのだろうか?
「店開くと、外に出られへんからな。世界が狭くなる。料理教室をしてると、生徒さんに勉強させられるしな。」
プロが素人に教えられる?どういうことだろう。
「素人さんのびっくりするような疑問とか、とんでもない行動とかで、はっとすることがあるからね」
なるほど。
確かに、パソコンでも同じで、初心者の素朴な疑問に答えられず、意外に理解できていない自分に、はっとすることがある。
日々勉強ということか。
このような経験があるからこそ、引き出しは多い。
圧倒されるわけである。年季が違うのだ。
技術はもちろんのこと、新しいものに対する知識の習得にも余念がない。
話術も巧みである。
愚直なまでに料理に対して誠実で、真剣。
そんな方である。

「隣の人が、美味いと思ってもあかん。家族が喜んでくれるのが、一番いい家庭料理や」
例え他の人が美味しいといったとしても、それが家族の味覚に合わなければ、ダメなのである。
家庭によって、美味しいと思われる味は違うはずだし、そうすると、材料の分量も変わってくる。
「今日は外に出ずに家の中でテレビ見てたから、塩を少なめに。もし外で汗かいたのなら塩を多めに。それが家庭料理やろ」
そうおっしゃる。
それが家庭料理のいいところであり、その心遣いは、外食ではまねの出来ないことである。
だから、先生の料理教室にはレシピはない。
微調整は、各個人がやる。
そうして、自分なりの味、家庭ごとの味を作り出す。
それが本当の家庭料理なのだと、先生は教えてくれた。
「昔はそれを家族の中、おばあちゃんからお母さんへ、それから子供へと受け継がれてたんやけど、今はそんなんがなくなってきたからな」
日本人の失った、心遣いと技術。
それを今に伝える、貴重な料理教室と言えるだろう。
料理とは、おもてなしの心である。
決して、技術だけではない。
満足してもらうためにはどうすればいいか、それを追及するものなのかもしれない。
帰り際、先生がおっしゃった。
「男性はうんちくを混ぜて話したほうが納得する。女性は実用性を重視する。それで話す内容とか話し方も変えるよ」
言われて気付いた。
確かに、今回の取材ではいろんなうんちくを聞かせていただき、そのおかげで私の考えは変わった。
それが先生なりのおもてなしの心だったのだ。
どうやら、取材の間中、ずっと先生の手のひらの中で踊らされていただけだったようだ。
まだまだ修行が足りない。
(完)
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出張懐石小西料理教室
〒604-8052
住所:京都府京都市中京区二条通東洞院東入フローラ高田202号
URL:http://www.chakaiseki-konishi.com/
電話:075-241-4146
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取材の最初に、先生がおっしゃったことがある。
「取材はいいけど、やる気のない人にはあんまり来てほしくないねん」
その言葉に面食らったが、しっかりその意図を説明してもらって、理解できた。
つまり、先生の教室は、真剣勝負なのである。
教える方も全力を尽くして、持てる技術・知識を教える。
だから、教わる方も、それだけの心構え・礼節をもって対しなければならない。
それはよく考えれば当然のことだが、言われて、はっと気がついた。
生徒には、料理学校の学生も、主婦も、いろんな人がいる。
別に料理がうまくなければ入れない、というわけではない。
料理を教わる場所なのだから、下手でもいい。
ただ、教わる心構えができているか、そこなのだ。
「うちの教室は、普通の料理教室を望んでる人にはちょっと高いな。もしレシピだけを知りたいような人はうちにこんほうがいいわ。やる気のない人には帰ってもらうし」
料理の専門学校に通う学生も、この教室に通っている、とのことである。
つまりどういうことか。
学校では教えてくれないことを、この教室では教えてくれるということである。
いろんな現場で修行して、実践で学んでいったプロの技と心を、間近で学べるということである。
それを踏まえたうえで、安いと思うか高いと思うか。
それは人それぞれの価値観だろう。
ただ、先生は
「お金をもらうからには、それ相応のことを教えるよ。それを生かすも殺すもその人次第や。なんかあったら電話でも対応するしね。」
とだけ、おっしゃった。
そこにはプロの自信と、心意気があった。
では、この先生はどういう人生をたどってこられたのか。
その歴史を紐解いてみた。
先生の父が料理人だったこともあってか、幼いころから料理に関心があった。
同級生がロボットなどを欲しがる中、先生はままごと道具が欲しかったのだそうだ。
やはり血筋は争えない。
そして、物心ついたときから、料理人であった父のうしろ姿を見ていた。
その頃からプロの世界に触れていたのである。
日本料理「吉兆」に入社後、残念ながら交通事故で体を壊し吉兆を辞め、
その後、見聞を広めるためにいろんな商売を経験した。
喫茶店経営、小売から水商売、中華料理から蕎麦屋、寿司屋など。
そこで料理の腕を磨きつつ、研鑽の日々をすごした。
水商売では人を見る力を養い、小売では人脈をつくり、接客を覚えた。
その裏では着実に料理の腕も磨いた。
これらを経て、現在の料理教室を開いたのだそうだ。
そこで、失礼かとは思いつつ、先生に一つ疑問をぶつけてみた。
なぜ自分で店を開かないのだろうか?
「店開くと、外に出られへんからな。世界が狭くなる。料理教室をしてると、生徒さんに勉強させられるしな。」
プロが素人に教えられる?どういうことだろう。
「素人さんのびっくりするような疑問とか、とんでもない行動とかで、はっとすることがあるからね」
なるほど。
確かに、パソコンでも同じで、初心者の素朴な疑問に答えられず、意外に理解できていない自分に、はっとすることがある。
日々勉強ということか。
このような経験があるからこそ、引き出しは多い。
圧倒されるわけである。年季が違うのだ。
技術はもちろんのこと、新しいものに対する知識の習得にも余念がない。
話術も巧みである。
愚直なまでに料理に対して誠実で、真剣。
そんな方である。
「隣の人が、美味いと思ってもあかん。家族が喜んでくれるのが、一番いい家庭料理や」
例え他の人が美味しいといったとしても、それが家族の味覚に合わなければ、ダメなのである。
家庭によって、美味しいと思われる味は違うはずだし、そうすると、材料の分量も変わってくる。
「今日は外に出ずに家の中でテレビ見てたから、塩を少なめに。もし外で汗かいたのなら塩を多めに。それが家庭料理やろ」
そうおっしゃる。
それが家庭料理のいいところであり、その心遣いは、外食ではまねの出来ないことである。
だから、先生の料理教室にはレシピはない。
微調整は、各個人がやる。
そうして、自分なりの味、家庭ごとの味を作り出す。
それが本当の家庭料理なのだと、先生は教えてくれた。
「昔はそれを家族の中、おばあちゃんからお母さんへ、それから子供へと受け継がれてたんやけど、今はそんなんがなくなってきたからな」
日本人の失った、心遣いと技術。
それを今に伝える、貴重な料理教室と言えるだろう。
料理とは、おもてなしの心である。
決して、技術だけではない。
満足してもらうためにはどうすればいいか、それを追及するものなのかもしれない。
帰り際、先生がおっしゃった。
「男性はうんちくを混ぜて話したほうが納得する。女性は実用性を重視する。それで話す内容とか話し方も変えるよ」
言われて気付いた。
確かに、今回の取材ではいろんなうんちくを聞かせていただき、そのおかげで私の考えは変わった。
それが先生なりのおもてなしの心だったのだ。
どうやら、取材の間中、ずっと先生の手のひらの中で踊らされていただけだったようだ。
まだまだ修行が足りない。
(完)
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